変わりゆくもの

今年は雨とは無縁そうな秋祭り
合図の花火があがると
どどん どどん 
祭り太鼓が聞こえてくる

時折マイクを通したような声がするが
神輿が出るのは明日だけだろうか
子ども神輿も見かけなかった
それでも街はざわつき
迂回で車はごちゃついている

夜更けを待たずに
祭りの気配はなにも感じられなくなった

秋虫たちがやけに声高に鳴いているだけである



不穏

アメンボたちは
漂う枯葉や千切れた枝葉を避けながら
緑に濁った池の面(おもて)を滑り行く

いつもなら
池に架かる小さな石橋に立つと
どこからともなく現れて
ぱくりと口を開ける真鯉たちが
幾ら待ってもいっこうに姿を見せない

手水舎の一枚ぎりの手ぬぐいは
やはり泥をつけられたまま
どこかしょんぼりとした風情で
ゆら、ゆら、と揺れている




黙祷

心のなかで

静かに鈴(りん)を鳴らそう

無念纏(まと)うた魂の為

百日紅の花の下で

静かに鈴(りん)を鳴らそう



手ぬぐいの行方

手水舎の柱に小さな貼り紙があった

「もしここに手ぬぐいがないときは
私たちの悲しみが深まったとお察し下さい」

細く小さな文字が悲しみに震えている傍で

一枚になった手ぬぐいが

やはり泥をつけて風に揺れている

季節を楽しませてくれた手水舎の手ぬぐいは

もう二度と見られなくなってしまうのだろうか



手水舎で揺れている三枚の手ぬぐい
どれも茶色い泥で汚れている

十日前も汚れていた
一週間前も汚れていた
三日前もそのままだった
今日もやはり汚れたままだった

今までにないことだ

作法に従って
手水で清めた後は
ゴソゴソと自分のハンカチを取り出して拭いた

蝉の声は空しく
小鳥の声は哀しく響いた



愛宕さま

降り止まぬ雨を散らす様(よ)に
どどんと花火が打ち上がる
さぁさ、祭りのはじまりはじまり
愛宕の山の神様の
年に一度のお祭り日

雨に濡れてる急な石段ゆきましょか
それとも細いだらだら坂を
ぬかるみ避けつつゆきましょか

道々下がる提灯の灯が
雨のせいだか頼りない
心細げな子の足元を
そっと照らすはほおずき提灯
ニッと笑った小鬼の仕業

ふたり仲良く傘さして
目指すは頂上愛宕さま
なにをお願いするのやら

雨も少しはその降り方が
やさしくなった祭りの夜



コシアキトンボ

カメ吉が消えた濁り池は
今や真鯉とアメンボの天下になった

そこへつぃーとやってきたのは
コシアキトンボだ
空梅雨が明けたのかどうかもわからないが
コシアキトンボはちゃんとやってきた

からかうように
僕の目の前を数匹が自在に飛び廻る
嬉しくなったけれど
今年ハグロトンボを見ていないことに気づく

出会えなくなるものたちが
少しずつ増えている
消えてゆくものたちが
少しずつ増えている

鎮守の杜で
蝉が一斉に鳴き出した



遊覧飛行

弁天堂の小さな池に
睡蓮の花が咲いている

赤紫の花と白い花
なぜか白は遠慮がちに
池の縁で咲いている

すると
つるつるの葉の上で
なにか動くものがある

じっと目を凝らすと
小さい小さい
細い細いイトトンボが見えてきた

翡翠色の二匹が繋がって
葉の上をいったりきたり飛んでいる

つぃ、つぃ、と向きを変えながら
いったりきたり飛んでいる




赤備え(あかぞなえ)

鳥居の白い礎石の上に
長い触角を持つ虫が
紅い甲冑姿で佇(たたず)んでいる

井伊か真田か
はたまた武田か

戦(いくさ)を仕掛ける日を前に
お諏訪さまに詣でたか

健御名方(タケミナカタ)の神様に
己の武運を願ったか

やあやあ、ベニカミキリの大将殿



気鬱

手水舎では
赤紫と青色の
紫陽花模様の手拭いが
曇り空へ雨を乞い
くるりくるりと風に舞う

境内では
水の出入りのない池が
すっかり緑に澱みきり
縁に顔出す真鯉も稀なり

社殿裏手の鎮守の杜は
変わらずよい風が吹いてはいるが
電動の草刈り鎌の金属音に
追い立てられて逃げ帰る

草の葉に隠れたへびいちご
あれもあっさり刈られてしまうか



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Moonlight

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