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2018年1月

静かな夜

朝 猛烈な雪は止んだ

日中 大雪は少し融けた

夕方 その上に雪はまたうっすらと積もった

そうして

静かな 静かな 夜更けを迎えた

しんしん と 音が聞こえてくるような

静かな 静かな 夜更けを迎えた




邂逅(かいこう)

雪が降ってくる少し前

片耳のちぎれた黒猫が

歩道の縁石に右前足をかけ

ぐっと前のめりになり

今にも道路に飛び出そうと構えていた

僕の背後で停車した路線バスが

客を降ろしドアを閉める音がしたばかりだった

「ダメだ!」

黒猫は躊躇し縁石から離れた

だがすぐまた元の体勢に戻った

路線バスは行ってしまったが

右から左から車はひっきりなしに来る

「どうする」

ちらりと僕の方を見た黒猫は

ゆっくりと植え込みのなかへ潜り込むと

そのままどこかへ行ってしまった


そして街は大雪になった





瑠璃唐草(オオイヌノフグリ)

白鳥たちが くくう くくう と小さく鳴きながら

ぬかるむ田んぼを突くその傍の

枯れ草ばかりと思うた土手に

青い小さな花が幾つも幾つも咲いていた


これからまた雪になるというのに

きみたちはいつもフライングだ


冷たい風にうふふと笑うように揺れる小さな花

春は必ず来るのだよ 

いつかはきっと来るのだよ

もうしばらくの辛抱なのさ


川の中州で羽を休める白鳥たちが

そうだ、と言わんばかりに

こう こう と次々に鳴いた





律儀者

老人の庭に来るヒヨドリは

たいそうな律義者だそうだ

あらかた食べられたりんごの脇に

新しいりんごを置いても

先のりんごを完全に食べ尽くすまでは

目もくれないそうだ

誤って地面に落としてしまったりんごでも

まだ食べるところがあるうちは

新しいりんごを啄ばむことはないという


だがな、と老人は言う

ヒヨドリの留守をついてやって来たメジロが

りんごをちょいちょい突き始めると

どこからともなく全速力で舞い戻り

さっさと追い払ってしまうのさ

まあ、わからんでもないがな


餌台でせっせとりんごを啄ばむ律義者を

老人は目を細めて眺めている





アトリエの明かり

それは街なかの小さな灯台のようである


絵を描きに粘土を捏ねに工作をしに

子どもたちがやってくる

昼間は見えない灯台の明かりに導かれるように


大人たちもやってくる

夜の闇に射すあたたかな明かりに魅かれるように


泣いたり笑ったり怒ったり悩んだり

数多の出逢いと別れを繰り返しながら

数多のドラマに遭遇しながら

街なかの小さな灯台は明かりを点し続ける


そうして出航した船が懐かしく思い出すとき

或いはふと道を見失い

困惑の眼(まなこ)で辺りを見廻すとき

すぐにでも訪ねてこられるように

たとえはるか遠くにいようとも

「ああ」と安堵の息がつけるように

決して(けして)強くまばゆい光ではないが

あたたかくやわらかなその明かりを

街なかの小さな灯台は

静かに点し続けることであろう




冬の棘(とげ)

冬の庭では

地植えの薔薇が眠っている

眠っているが棘(とげ)は鋭い

好奇心がもたげてきて

そっと棘に手を伸ばす

「……っ!」

そらみろ 言わんこっちゃない

眠りを妨げるものには容赦ないのだ

涙目の小鬼は指をくわえて

「ごめんなさい」と頭を下げた





すっかり雨だ

さっきカラスが飛んできて

くわえた木の実をコツコツ打った

駐車場のアスファルト

そのおこぼれを貰えぬかと

様子を窺うセキレイがいた納屋の屋根

あれよという間に色を濃くする

雨だ雨だよ すっかり雨だ

思ったよりも強い雨だ

おまけに風も出てきたよ

早くお帰り みんなお帰り

ぬくぬくぽかぽか暖かくして

さあさあおやすみ

………おやすみなさい





小豆のカイロ

夜更けにチン!と聞こえたら

それは小鬼の仕業だよ

サンタに貰った小豆のカイロ

ほっこり温めて眠るのさ

手のひらサイズの小さなカイロ

おしるこの匂いがするんだよって

小鬼はうっとり目を閉じる






あかぎれ

額に触れた指先に

水の冷たさを知り

外の寒さを思う

吸い飲みを持つ妹のあかぎれをみる

回復したらクリームを買いに行(ゆ)こう

あかぎれに効くクリームを買いに行こう

鉄瓶のしゅうしゅうという湯気の向こうに

繕い物をする妹がぼんやりみえる




孤高のノスリ

冬毛を膨らませて

電信柱のてっぺんから

凍える田の地面に目を凝らす

ノスリよ そこでどれほど待っている

どうだ 僕の腕の肉をやろう

その鋭い爪で押さえつけ

その鋭い嘴(くちばし)で喰い千切れ

その腹がくちくなるまで存分に喰らうがよい

ノスリよ 小さいながらもおまえは鷹だ

どうだ 僕の腕の肉をやろう

おまえのいのちを繋ぐ為なら

もう片方もくれてやろう





内気な雪

雨らしい

車がシャァァァと音立てて走り行く

どれぐらい降ったのか

ふと気づくと音は消えていた

止んだらしい

覗いたカーテンの隙間から白いものが見えた

雨はいつしか雪に変わり積もっていた

夜更けを過ぎる前に

既に雪に変わって積もっていた

こっそりと ひっそりと 積もっていた




指輪

偶然教室で隣り合わせたふたりは

同じ名前を持っていた

たちまち親しくなったふたりは

裏通りのがらくた屋でお揃いの指輪を買った

まんまるのガラス玉のなかに

七色の虹が閉じ込めてある指輪を買った

教室で図書室で喫茶店で小さな本屋で

狭い階段の奥のお洒落な居酒屋で

公園で動物園でひなびた遊園地で

虹を閉じ込めたガラス玉はぴかぴか嬉しそうだった


或るとき彼女は違う指輪をしてきた

それにはきらきら輝く本物の宝石がついていた

まもなく彼女は妻になり母になり

遠くへ引っ越していった


残された指輪のガラス玉から

七色の虹が立ち上(のぼ)り

空の彼方に吸い込まれていったのは

どれぐらい後になってからだったろう




日暮れのくしゃみ

晴れの日は

ちょっと日が延びたのが分かって

ちょっと嬉しい

片栗粉で固めたような山の稜線と

暮れてゆく空の際の色合いが

なんて綺麗なんだと思わず外へ飛び出す

キーンと張り詰めた空気の冷たさに鼻を塞がれ

あわてて部屋のなかへ退散したけれど

大きなくしゃみが続けてふたつ出た




空き地

川縁に残されたささやかな田んぼ

様々な作物の育つ畑

荒れ果てた圧倒的な耕作放棄地

それらはまとめて河川工事の為に

大きな大きな土の山となった

土の山は次第に小さくなり

やがては平らにならされて

いまではところどころの水たまりに

カチカチ氷が張っている

ロープで囲われたその土地に差し掛かると

一斉に飛び立つ小鳥たちに驚く

広げた翼に黄色が見える カワラヒワだ

彼らの去ったあとには

スズメやセキレイがやってきて

しきりに地面を突(つつ)くのだ

彼らにだけ見えるなにかを突くのだ

僕らには見えないなにかを突くのだ





新しい年

大家の庭の柿の木が裸ん坊だ

「知ってるよ」雀たちがさんざめく

晦日の朝だよムクドリが群れなして

あっという間に食べ尽くしたのさ


除夜の鐘は鳴ったろうか

「知ってるよ」ごろすけフクロウの囁き声

大晦日の晩だよ氷枕を入れ替えているとき

ごおんごおんと鳴り出したのさ


少し遅れたけれど雑煮も食べたし初詣も行った

おみくじは小吉だから結んできた

だが実感がない新しい年は僕にもきたのか


「知らないよ」誰?誰が言ってる?

「知らないよ」「知らないよ」「知らないよ」


星だけが増えてゆく




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Moonlight

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