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2017年1月

ぐるぐる廻る

どうして どうして
手が滑ってコーヒーカップが割れた

どうして どうして
カボチャの甘煮なのに塩を入れた

どうして どうして
りんごの皮を皿に盛り
実をゴミ箱にポイと入れた

どうして どうして が ぐるぐる廻る
ぐるぐる ぐるぐる が 止まらない
いくら考えたって仕方ないのに

どうして で 片付かないのがひとのこころ



カメ吉…と呼んでみた

寒さ緩む日
池の底に沈んだ
古い石灯籠の笠の上に
例のミドリガメがいた
そっと呼んでみたが
身じろぎひとつするでもない
それでも小鬼は嬉しくて
嬉しくて嬉しくて
こぶしでゴシゴシ両目をこすった




儚(はかな)きもの

嘆くことはない
この儚(はかな)き身体に宿る儚き想いは
どのみち儚く散ってゆくのだ
そうしてまた
新しい儚さを呼び込んで
またぞろ儚き想いを募らせ
あっという間に
或いは
じわじわと時間をかけて
散って散って散ってゆくのだ

やがて覚醒した儚き身体に
新たな儚さが巡り来る
三度(みたび)再び何度でも
容赦なく巡り来ては散ってゆく
散って散って散ってゆくのだ



ひとときの夢

例えばそれは
訪(おとな)いの声のままに扉を開けると
思いがけず通り抜ける強い風に
机の上に重ねられた原稿用紙が舞い上がり
取り押さえようとあわてる手指を翻弄し
換気のために開けていた窓をすり抜けて
決(け)して手の届かぬ空の高みを
まるで渡り鳥のようにハタハタと羽ばたいて
あれよという間に点となり
影も形も残さずに
思い出さえも許さずに
空の彼方に吸い込まれてゆくような
そんなものなのかもしれぬ




紅い実食べた

あれほどたくさんなっていた
ピラカンサの紅い実は
いつのまにやらすっかりと
ひと粒残らず消えている

艶々と
たわわに実った紅い実は
皆鳥たちの腹のなか
鋭い棘もものともせずに
きれいさっぱり平らげられて
緑の葉だけが揺れている

朝な夕なに訪れた
数多の鳥はどこへやら
実のない木には寄り付きもせず
緑の葉だけが揺れている




点滅灯

闇夜に浮かぶ紅い光
晴れの日も
雨の日も
雪の日も
風の日も
ぴかりぴかりと点滅する紅い光
高い高いクレーンの発する紅い光
夜通しの見張り番
「きみはもう寝たがよいぞ」と説く紅い光
工事が終われば
跡形もなく消えてしまう紅い光



りんご、おくれよ

雪は止んだが風がある
身体の芯から冷えてくる
真冬日の寒さに縮こまる

そんな冷たい空気を裂いて
やってきたヒヨドリ一羽
庭木の枝を移動しながら
鋭い声で鳴きたてる

見れば餌台が空っぽだ
そうだ
この家の主は昨夜入院したのだった
事情を知らないヒヨドリは
「りんご、おくれよ」と鳴くのだろう
鳴いたところでりんごは出ない
りんごどころか誰も出ない
哀れヒヨドリ諦めて
寒空の彼方へ飛んでった




かまくら

駐車場のすみっこに
雪の小山が出来まして
誰かがかまくらを作りました
ひとが入るには小さくて
小さな子どもでもちょぃと無理
猫にも犬にも断られ
無念の空き家となりました

夜が更けて
家の灯りが消えた頃
ちらちら、ちらちら灯りが洩れる
あれは昼間のかまくらだ
いったい何事と覗いてみれば
小さなロウソクの灯りを囲み
こびとたちが肩寄せ合って
甘酒ふぅふぅ舌鼓

おいしいね、おいしいな
うふふ、うふふと舌鼓
かまくらいいね、楽しいね
うふふ、うふふと甘酒おかわり



器(うつわ)

日曜のフードコート
ざわめく空間で
ハンチングをかぶった老人が
ひとり昼食をとる
ボトル缶のブラックコーヒーと
400g入りのプレーンヨーグルト
そして
惣菜売り場の小パック入りの大学芋
黙々と
しかし美味そうに食べる

なにものにも縛られぬ自由を思う
なにものにも揺るがぬ自我を思う

なにものにも囚われぬ心を思い羨む




幻聴

白い森に迷い込み
どれぐらい歩いただろう
ずっと以前に聴いた音楽が
繰り返し頭のなかでぐるぐる廻る
「HAPPY END」というタイトルなのに
どうしてこうも哀しいメロディなのだろう
…否。
本当は「HAPPY END」なメロディなのかもしれない
魂の混濁は自らの聴覚をも狂わせている
それはそれで心地良いとも思う

白い森はどこまで続いているのだろう



大寒の夜

大寒の朝は冷え込みも厳しく
雪を予感させる雲が広がりつつある
小鳥たちは餌取りに忙しく
道を行き交う人々もまた
追われてもいないのに早足になる
そうしてついに
昼過ぎにちらつきだした雪は
日が暮れて激しさを増す

夜更けの雪はどうやら春の雪のようだ
ぼさぼさと水っぽくやたらと積もる
下弦の月は雪の緞帳(どんちょう)の向こうにあり
ささやかな願いも届かぬだろう

小鍋で温めた甘酒に
ふぅふぅ息を吹きかけて
思い出手繰る大寒の夜



黙。

「サヨナラ」と言わないのは
やさしさなのだろうか
それとも
ズルさなのだろうか

おにんぎょうは泣き腫らした目で
「ゴメンネ」と去っていったひとの後ろ姿を追う
街灯に照らされた融けかけの雪の塊だけが白々と
あとはすっかり闇に呑まれて
寒さだけが募ってゆく

おにんぎょうは窓辺に立ち続け
誰の後ろ姿も見えない窓辺に立ち続け
誰も振り返らない窓辺に立ち続け
唇をきゅっと噛んで立ち続け
やがて本当のおにんぎょうになるだろう
憂い顔でうつむいた
本当のおにんぎょうになるだろう

僕にはなにもしてやれない



嵐の前に

久方ぶりに寒さが緩み
さぞかしお仕事はかどりましょう
街路樹ケヤキの剪定も
新築ビルのクレーン吊りも
調整池の樋門工事も
河川改修測量も
さあさ皆さま
今日一日の勝負でございます
またぞろ寒気がやってきて
どっかり雪を降らせぬうちに
どんどんやっつけてしまいましょう
身を凍らせる北風が
ぴぃぷぅ吹き付けて来ぬうちに



雪の花嫁

庭の小さな祠(ほこら)にも
雪がこんもり積もってる
傍らに立つ南天の
紅い実紅い実こぼれそう

祠の雪はいつかみた
花嫁御寮の角隠し
こぼれそうな紅い実は
べっ甲代わりの花かんざし





行灯の月

居残りの月は
自らを行灯と化し
やわらかな灯りを点して
坂道を上がってくる朝陽を迎える
からくれないに染まる空を背に
坂道を上がってくる朝陽を迎える

居残りの月は
空色が次第に明るくなったと見るや
行灯の灯をふっと吹き消し
白い月となりかわる
朝陽がぴっかり「おはよう」と輝くと
白い月となりかわる




小さな願い

枯野にひょっこり咲いていた
あの小さな青い花はどうしたろう
雪に倒され埋められ
枯芝とともに凍てついて
涙も流せずに横たわるのか

春まだ遠き丘の上
冷たいからだを横たえて
いつか土に還る日を
そっと夢見ているところ
誰かの糧になることを
そっと夢見ているところ…




真冬日

雪の朝には元気な雀も
凍てつく日には声もない
ひよどりさえも姿をみせず
ただそこいらじゅうがパキパキと
凍りついてゆくばかり
どこか
風の当たらぬ暖かな場所で
ぷっくり膨れた身を寄せ合って
じっと目を閉じ待つがよい



凍える十六夜

いざよう月は今宵なぜだか自信ありげで
昨夜雲隠れした満月の分まで
雪景色を照らし出す
息を吸うと肺が痛みそうなほど
身も心も凍てつかせる夜空から
キーンという音が聞こえやしないか
星の瞬きさえも胸を貫く氷の刃(やいば)
凍てつく胸をも突き通す



ぱりん

或る日きみは夜更けに突然やってきて
いきなり僕のハートを摑むと
ぱりんとふたつに割り
「ごめんね」といって消えた

今日僕は半日かけてノートを細かく裂いた
きみに話したいと思ったことを
つらつら書き綴っていた僕のノート
何冊あったのだろうか
左手の親指が痛くてかなわない

ぱりんと割れたハートが半分残った
もう半分は行方が知れない



小望月

鏡開きのおしるこの夜
小鬼はそっと雨戸を開けた

冬の寒さが戻った日は
夜更けに向かってどんどん冷える
細めに開けた雨戸の隙間から
夜気がするりと入り込む
外を覗いたこびとのひとりが
思わずくしゅんとくしゃみする

「満月は明日だよ」
物知りのこびとが囁く
「明日は雪になりそうなんだ」
小鬼は答えてひらりと庭に下りた

仰ぎ見る夜空に小望月が輝く
どんどん流れ行く薄雲をものともせず
大小の星たちを従えて皓々と輝く
小望月ながらも気高さのある
凛とした美しさに小鬼は震え涙を流す



ジコチュー

エドヒガンの古木に囲まれて
ベンチに腰を下ろし
長い長い貨物列車を待つ
駅の手前のカーブで
スピードを落とすコンテナは
憂いや惑いを載せると
駅を過ぎた直線で再びスピードを上げ
北へ向かって遠ざかってゆく
「おまえの涙は全てもらった」
汽笛を鳴らして遠ざかってゆく

いま目の前に
家や居場所を失くした人々の為の
白亜の集合住宅がそびえ立った
不便な仮設の家からの脱出だ
それなのに
貨物列車が全く見えなくなってしまったことを
愚図愚図嘆くとは
なんて酷いヤツなんだ、僕は・・



やさしい雨

雨はざあざあと降って
心の隅っこにこびりついた澱(おり)までも
すっかりきれいに流してくれる筈だのに
冬の雨はただ身体を冷やすばかりでいけない
あかぎれのようにひび割れた心は
ぴりぴりと痛み血が滲む

或る時降り出した雨は
ぱくりと口を開けたひび割れに
静かにゆっくりと沁みていった
温かさを感じた頑なな心は
ふぅと息をついて涙を流した




池の冬

あちこちに
薄氷が残る池で
ひとり釣り糸を垂れる老人
常に五、六人の太公望がいる池も
寒さの冬には眠っている
対岸の陽だまりには
丸くなったカモたちがまどろむ
ヘラブナも薄暗い水底で
うとうとまどろんでいることだろう



丘の上にて

枯れ芝の丘の上には
ところどころに
シロツメクサの緑が広がっている
ふと小さな青い花に目が止まる
瑠璃唐草(るりからくさ)だ

早春に咲く花とはいえ
まだちと早過ぎやしないか
よく見ると
あちらこちらに
数輪ずつ咲いている
週が明けたら
寒中らしい寒さになると報じていた

「おいおい、大丈夫か?」
「大丈夫よ。
私たちが消えてしまっても
まだまだたくさんの仲間たちが
控えているもの。
春?って思った子から次々に咲くだけよ」
そういうと
折悪しく吹いてきた北風に
眉根を寄せて小さく震えた

そうではなく
「きみのことを心配したのだ」
僕は言葉を呑み込んで
日暮れ間近の丘を下り始めた






※瑠璃唐草とは、オオイヌノフグリの別名のひとつです。

年賀状

差し戻された年賀状
どんなにか心細かったことであろう
それは小寒の日に
ステンレスの郵便受けの暗がりで
息を殺して横たわっていた
表に紅い烙印を押され
申し訳なさそうに震えていた

あわてて取り出し
ポケットに捻じ込んだ
こいつはまるで僕のようだと
ポケットのなかで
ぎゅうと握り締めた



次郎

あらたまの年の初めの境内に
団扇太鼓が鳴り響く
さあ、お立会い
トントントトン トントントトン
行けの合図がひときわ高く
トントントトン トトントーン

小さな階段タタッと蹴って
ぽぉんと上がった次郎のからだ
見事にくるりと宙返り
毛並みを金に光らせて
どうだと胸張る着地の軽さ

拍手喝采浴びるなか
腰を屈(かが)めて巡る笊(ざる)
ぱさりと入ったご祝儀には
次郎の御守り差し上げましょう

折熨斗(おりのし)のなかの半紙には
朱墨で取った次郎の手形
今年の干支は酉ではあるが
なにやら福が舞い込みそうな
次郎の可愛い手形がぺたり






※あけましておめでとうございます。
 始動が当初の予定より遅れてしまいましたこと
 お詫び申し上げます。
 今年もまたよろしくお願い致します。

 猿廻しの次郎には、東京・芝の増上寺境内にて
 出会いました。当日は春をも思わせる陽気でした。
  

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