朝飯前

白い薄衣をまとった柿の実は
すっかり葉を落とした木の枝で
小鳥が来るのを待っている
いつもなら
大騒ぎの朝の筈が
今朝は一羽の訪れもない

昨夜からのこの風に
朝飯は抜くことに決めたのだろう
時折ごうごうと唸る風は
旨そうな柿の実がなる枝を
右へ左へ大きく揺すり
とても止まってはいられまい

昼過ぎて風がぱたりと止んだなら
どこからともなく現れる
小鳥の群れで賑わうだろう
朝飯抜きの小鳥たちで
さぞかし賑わうことだろう




風の音

風が出てきた

通り過ぎる車も稀になった夜更けに

パタパタとコンビニの軒下の幕が鳴る

冷え込んできた闇のなかを

低く唸りながら風が吹き抜けてゆく

ここにも雪を連れてくるのだろうか



消えたパン屋

森の入り口の
小さなパン屋を久し振りに訪ねてみますと
小さな木のドアは固く閉ざされ
小さな木の看板はペンキで白く塗り潰され
恐る恐る小窓からなかを覗いてみますと
薄暗い店内はすっからかんのがらんどう
パンくずすら落ちていないようでして

にっこり笑って迎えてくれた
白いエプロンの小さなおばあさんは
いったいどこへ消えてしまったのでしょう
あのうっとりするような香ばしい香りは
いったいどこへ消えてしまったのでしょう

うさぎの目はまた赤く染まっていることでしょう




小さな旅

小さな木の葉たちが
カラカラと音を立てて踊り始める

小さな円を描きながら
段々に空中に浮かび上がる

クルクルと回転しながら
木の葉たちはどんどん移動する

それはまるで
いつまでもどこまでも留まるところを知らぬ
アンデルセンの『赤い靴』のようだ

やがて
お寺の納屋の白壁に突き当たると
木の葉たちはパタパタと地面に落ちた

小さな木の葉たちの小さな旅は
あっけなく終わりを告げた





晩秋

桜並木の紅い葉はすっかり散れて

イチョウ落ち葉の黄色のなかに

一枚二枚と紛れていたりする

大きなヒマラヤ杉も金茶に染まり

傍らの柳の古木たちの

まだ新しい切り株の上に

そっと枝を落としてみたりする

荒天を控えて小鳥たちが賑やかに飛び交う

雨が過ぎればまた一歩

冬の寒さが寄せてくるのだろう



待ち時間

今日も橋の上に立つ
すっかりの冬支度をして
貨物列車が来るのを待っている

川縁の崖の上から
ケヤキの大木の葉が
はらりはらりと落ちては
橙色の舟となり
ゆらゆらと川面を流れてゆく

列車が通過してしまうと
すっかり空っぽになってしまうのに
きっとまた明日も橋の上に立つのだ

あともう少しでやって来る
警笛鳴らしてやって来る



アイスクリーム

熱に浮かされた小鬼は
布団のなかでずっと思っていた
バニラのアイスクリームが食べたい
口のなかで甘くとろける
冷たい冷たいバニラのアイスクリーム

氷枕を取替えにきたひとは
なにか食べたいものはないかと聞いた
小鬼は力なく首を横に振った
こんな寒い日にアイスクリームだなんて
叱られるに決まってる
だからなにも欲しくないと言った

取替えられた氷枕は気持ちよかったけれど
吸い飲みの温い水を飲まされて
小鬼はどんどん悲しくなった
おでこの濡れ手ぬぐいが鬱陶しくなった

薄暗い部屋の天井をぼんやり眺めながら
熱に浮かされた小鬼は
冷たいアイスクリームのことばかり思っていた



「金太郎」走る

雨になった
用意の傘を広げる

橋のなかほどで
「来た」と思った

雨に濡れた冷たいレールの上を
疾走する貨物列車の音が近づいてくる

いま渡っている橋と平行に架かるもう一本の橋
そのまた向こうに線路が走っている

鋭い警笛とともに「金太郎」が姿を現す
長い、長い、長い
わくわくしながら貨車を数える

独特の走行音と
再び鳴らす警笛をなびかせて

嗚呼、ああ、行ってしまった



魂鎮め

火祭りの日は
朝から時雨れていた

日が沈み
いよいよ松明に火が入ると
オレンジ色の炎と白い煙が
闇のなかに浮かび上がった

鎮魂の炎が燃え上がる
大小数多の松明は
次々に燃え尽きて
清められた魂たちは
和太鼓の音とともに
次々と天に昇ってゆく

ちろちろと残り火が囁く頃
俄かに風が吹き出して
まだ枝に残る紅葉や
落ち葉をも巻き上げて
今昔の魂たちの介添えと為すか

風はやがて大風となり
一晩中吹き荒れた

鎮まらぬ魂

思えばここにもひとつ残っている





みて…

イチョウの落ち葉は黄色い絨毯
ひとひと歩いて池に出る
真っ赤なもみぢは枝を伸ばし
姿見代わりの水鏡

「みて」

八重桜の葉は既にない

「みて」

足元から聞こえてくる

「ここ」

振り返った足元で
紅く染まった紫陽花の葉が微笑む

「やぁ、きれいに染まったね」

紫陽花の葉は冬の陽を浴びながら
恥ずかしそうにふるると揺れる






«賑やかな風

Moonlight

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