南風

南風に揺れる電線は

時折ひゅんと跳ね上がる

キジバトは

電線の動揺に逆らうことなく留まり続ける

そうして

朝からぐずって泣き止まぬ幼子の声を

じっと背中で聞いている

身じろぎもせずに聞いている




待ちわびて

今夜の風は湿っている

雨の匂い?

いや、朝霧の気配か

寝静まった空に響く貨物列車の通過音

鳴らされる警笛の音が少し重い

空のグラスで氷が滑る

昼間焚いた香がふぃと鼻先を掠める

遅い月が上るまであと一時間、か




月待ちの風

日が傾くにつれて
心地良い風が
部屋中を駆け廻り逃げてゆく

レースのカーテンを吹き上げ
壁掛けのカレンダーを揺らし
うっかり置き忘れた
幾枚かのメモ用紙を辺りにばら撒いて

すっかり日が沈むと
風の心地良さに肌寒さを覚える
少し雲が出ているせいもあるが
今夜は星も瞬かない
二十幾日目かの月に至っては
お出ましは午前様だ

ベランダで風に吹かれながら
暗い空を見上げ
月待ちでもしようか
もっとも
懸命に掛ける願もなくなってしまったけれど



雨のもたらすリボン

小鳥の声で目覚めた朝は
夜更けて雨が降りました
サーッという音の雨は
乾いた土の匂いを立てて
塵や埃を洗い流してゆきました

耳ざわりのよい雨音は
いつしか子守唄がわりとなって
ゆるゆると眠りのなかへ
誘(いざな)うかのようでした

このあとしばらくして
激しい雷雨になるとは思いもせずに
眠りの柔らかいリボンに
くるくると巻かれてゆくのを感じていました



コシアキトンボ

カメ吉が消えた濁り池は
今や真鯉とアメンボの天下になった

そこへつぃーとやってきたのは
コシアキトンボだ
空梅雨が明けたのかどうかもわからないが
コシアキトンボはちゃんとやってきた

からかうように
僕の目の前を数匹が自在に飛び廻る
嬉しくなったけれど
今年ハグロトンボを見ていないことに気づく

出会えなくなるものたちが
少しずつ増えている
消えてゆくものたちが
少しずつ増えている

鎮守の杜で
蝉が一斉に鳴き出した



緑の風

紅紫の紫陽花に囲まれ
坂の途中の池を見下ろす

焦げそうな陽射しを浴びた
二羽のカモが浮かぶ水面に
数多の枝や葉を揺らし
森を抜けた風が波紋を作る

蝉の声する緑の森で
清められたその風は
奇跡のように心地良い

風よ風よ風よ
僕の心も抜けてゆけ
遠慮はいらぬ抜けてゆけ
そしたら僕も
幾分軽くなるのだろうから



ねんねんねむの木

ねんねんねむの木
刷毛の花
薄いピンクの刷毛の花

おしろい仕上げの頬紅を
彼方(あなた)此方(こなた)の艶めく頬に
さっとひと刷き致しますれば
今日の仕事はもう仕舞い

ねんねんねむの木
日が傾いて
そらもう葉っぱが閉じてゆく

ねんねんねむの木
おねむの時間
お先に失礼、おやすみなさい




出会い

新しい水門をつけられた池に
カモたちが戻っていた
時折逆立ちをしては
かわいいお尻を水面に出している

梅林へ向かう急な坂道を
ハクセキレイが一羽
尾っぽを上下に振りながら跳ねて行く

今年
まだホトトギスの声を聞かぬことを思い
池の端の薄暗い細道を下る

するとどうだ
日陰に咲くガクアジサイの群れ
白い蝶のような花々の
なんと涼やかなことか

汗を拭うのも忘れて立ち尽くす耳に
遠い雷が雨を告げる



月の光、雨の匂い

隣家の姉妹の
幼い歌声が途絶えた
月はまだ上り切っていないが
もうおねむの時間だろう

日中の生温かい大風は鳴りを潜めたが
空気が動かず少しばかり息苦しい
月が中天にかかる頃
やっとひんやりとしてきた空気が
微かにレースのカーテンを揺らし始めた

月はといえば
満月より欠けた姿だが
その煌々たる光は衰えていない

但し今夜はその月の前を
次々と黒い雲が通り過ぎてゆく
なんとも素晴らしいスピードで抜けてゆく

灯りを消した部屋のなかは
その度に明るくなったり、闇に沈んだり
まるで映写機を廻しているようだ

ああ、

雨の匂いがしてきたよ



このまま

少しばかりの涼風をお供に

十六夜の月が上る

その輝きは満月に劣ることはなく

灯りを消した部屋の床に

窓の形をくっきりと描き出す

こうしてまた飽くことなく

いつまでも月を眺めては

夜更かしをしてしまうのだろう



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Moonlight

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