旅立ち前夜

葉桜の下で
老人は最後の商いをする
風に揺れる紅白の提灯をかすめて
花びらが舞う 舞う 舞う

鶯が鳴き燕が飛び交い
雀が餌探しに忙しいが
今日は冷える
それでも結構な人出に
老人の商売もそこそこ忙しい

綿あめを入れた袋の口に輪ゴムをかけながら
明日の旅立ちを思う
桜を追って更に北へゆくのだ
老人はいつも「さいなら」と呟いて発つ
次があるかはわからない
誰にもわからない
だから「さいなら」と未練を絶つ

「おじさん、ひとつおくれ」
くりくり坊主の少年が
息を弾ませやってくる




あやかしの桜

今一度(まいちど)行きたや あの山へ
ひとやま丸ごと桜の山へ

旅路の果てに出会うた山の
桜の花に酔いしれて
ずんずん深く分け入れば
思わぬ大風吹きつけ起こる
花吹雪のもの凄さ

頭や肩に積もる花びら
周りの景色をすっかり消して
交わす言葉ものまれるほどの
雨降りのような花散る音よ
夢か幻、あやかしか

今一度(まいちど)行きたや あの山へ
行ってこの身を埋めたや



残花(ざんか)

春の嵐の狼藉は

川の流れの花筏(はないかだ)

ゆるゆる下る花びらに

じきに私も参りましょうから

冷たい風に身を震わせる

土手の桜のお見送り



柳と桜

枝垂れ柳の紐のれん

風の吹くままなすがまま

大きく小さく揺れる度

透けて見えるは桜の並木




眠れぬ夜に

他愛のないやりとりや
ちっぽけな発見や
ささやかな変化や
そんなことが
じわじわと心に沁みてきて
ひとさまからしたら
全く取るに足らないことなのだろうけれど
奥歯をギッと噛み締めないと
にまにまと顔が緩んでしまいそうで
これが「しあわせ」って気持ちなのかな、と
すっかり夜更けて
桜の木の輪郭も分からない闇に
眠れない小鬼はひとり頷いている



秘密の坂道

坂道の頂上の少し手前で立ち止まる

これから下る坂道の先は

地平線が桜色に染まっている

花曇りの空との間に

桜色の帯が流れている

もこもことしていて

綿菓子のようでもある

桜色の

甘い甘い綿菓子のようでもある



晴れの日

自らのいのちの短さを悟ってか

週明けの雨を前に

一気に花開いたさくら花

繰り出した人々の喧騒のなか

時折吹く風に

鯉のぼりとともにやさしく揺れる

遠くに霞む雪を抱いた山並みに

そっと合図をするかのように



さくら咲く

ひとりで そっと 眺めていたい

朝な夕なに 眺めていたい

咲いて 誇って 散りゆくまで

息をするのも 忘れるほどに



春ちゃん

ほころびかけた桜の下で
沈丁花が咲き出して
ほのかに香りを漂わせている

さくら模様の手ぬぐいの舞に
うぐいすのうたが興に乗り
池の真鯉も優雅な泳ぎで
水面(みなも)にゆたぁり波紋を描く

鳥居の前の細道を
新入学の黄色い帽子が
ぴょんぴょん跳ねて過ぎてゆく

遅まきながらと頬染めて
やっとこ春ちゃんお出ましだ



虫の息

ぱたりと閉じた本に挟まれ
丁寧に押された花びらや葉ではなく
ぱたりと本が閉じられる刹那に
風の悪戯か己の意思か
すぃっと間に挟まれたまま
身動きを封じられ
すっかり忘れ去られて
たまさか再び開かれたとしても
しみがついたと舌打ちされるか
或いは全く気づかれないか
いずれにしても
薄暗い古本屋の片隅で朽ちてゆくなり
恋に狂うた八百屋の娘のように
燃え盛る炎のなかで灰になるなり
とるにたらない小さな虫も
ちっとはこうして最期を思うたりするもんです



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Moonlight

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